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2017年8月7日 月曜日

私の読書日記38

足利兄弟

岡田秀文

 20170808古今東西、兄弟が敵味方に別れ戦うという事は多くありますが、足利尊氏、直義(ただよし)兄弟の戦いはその規模において、日本史上では最大級のものでしょう。NHK大河ドラマ「太平記」(1991年)でも放送されました。あの時は、尊氏を真田広之、直義を高嶋政伸が演じましたが、私の中では尊氏や直義よりもなぜか高師直(こうのもろなお)を演じた柄本明の印象が強く、顔や態度にいかにも曲者という感じがにじみ出ていた記憶があります。

 (あらすじ)

 鎌倉時代末期、政権は鎌倉幕府執権北条氏にあったが、実権は得宗家(とくそうけ=北条一族の本家のこと)の執事である長崎氏が握っており、北条氏自体の権力も弱体化していた。源氏の嫡流であることを自他ともに認める足利家は、北条氏の配下にあり、幕府を支える立場を保ちながら、いつの日か北条氏に取って代わろうという野心を隠し持っていた。

 足利家の嫡男尊氏と1歳違いの弟直義は子供の頃から仲が良く、足利家の悲願を共有していたが、行動的な直義に対し、尊氏は今一つつかみ所のない性格で、北条家の娘を妻にしていることもあり、謀反決起には慎重だった。

 そんな中、京都で後醍醐天皇が幕府打倒を掲げ立ち上がった。尊氏兄弟はこの混乱を待っていた。京都での反乱を抑えるため、鎌倉幕府は尊氏ら有力武将に追討を命じ、尊氏は出陣するが、京都に到着した尊氏は出陣前の計画通り、天皇側に寝返った。これが契機となり、鎌倉幕府と北条氏は滅びてしまう。

 その後、建武の新政を経て、後醍醐天皇を排除、新たな天皇も擁立し(北朝)、念願の足利政権を樹立するが、今度は政権内での権力闘争が表面化する。尊氏から政務を実質上任された直義と、足利武士団の中心にいる高師直との対立だ。直義から師直の排除を要求された尊氏は一度、師直を罷免するが、今度は師直側から武力で脅され、結局、直義を追放する。

 全て職を解かれ出家した直義だが、師直に対する憤りは抑えきれず、尊氏、師直らが思いもつかぬ戦術に出る。何と、自分達が排除した共通の敵であった南朝側と手を結んでしまうという、奇策であった。

 この後、兄弟の戦いは日本中の武士を巻き込み、オセロゲームのように勝敗はめまぐるしく変わるが、最終的には尊氏側が勝利し政権は安定化する。

(感想)

 今の時代でも兄弟の関係というのは難しいものです。まして、戦国の武将ともなれば兄弟それぞれに有力武将や家臣団がいます。彼らにはそれぞれ地方に領地があり、背後には様々な利害関係もあるでしょう。いくら兄弟仲が良くても、それらの人々に担がれると、引くに引けなくなってしまうのでしょう。特にこの兄弟の場合は、本来は仲が良く、政権奪取までも、奪取後も一緒に行動し、兄弟で戦って勝利した時も相手の命までは奪わないでいただけに、別れと結末は悲しいものがあります。

 それにしても、尊氏という人物がよくわかりません。天真爛漫で鷹揚な性格で部下への愛情に溢れてはいるようですが、優柔不断で皆に担がれるだけ好人物のようにも見えるし、実は優れた戦略家のようでもあり、陰湿な策謀家のようにも見えます。作者は尊氏の内面は描写せず、直義や師直や妻の視点で尊氏を描いているので、とても多面性のある人物になっています。信長、秀吉、家康などの英傑たちと違い、キャラクターが見えにくい。そこが歴史上の人物の中では人今一つ人気が出ない理由なのかも知れません。

(M.T@総務部)

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