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2016年4月1日 金曜日

私の読書日記31

ギリシャ人の物語Ⅰ 民主制の始まり

 塩 野 七 生

20160401イタリアに在住し、ヨーロッパを舞台にした歴史物語を多く執筆してきた著者の最新作。

 全三巻構成でⅠ巻は紀元前6世紀頃からのアテネスパルタを中心とした都市国家(ポリス)の成立から、二次に亘る東方の大国ペルシャとの戦いが描かれている。

(あらすじ)

ギリシャはこの時代を通じて一つの統一国家として存在したことはなく、各都市がそれぞれ独立した国家として成立しており、その数は300を超える。代表的な都市国家はアテネとスパルタであるが、この二つの国家の政治体制は全く異なっている。

スパルタはがいて(王は常時2人制で軍事のみを担当)、身分制も厳格な完全な軍事国家。生まれた子供はその時点の健康状態を見て進路が決められる。7歳になると集団生活に入り20歳まで徹底的に軍事訓練を受け、卒業時には、1週間無一文で見知らぬ土地へ放り出され、帰還する時は一人の奴隷を殺してその首を持って帰らなければならない、というすさまじい試練が課されている。

 一方アテネは身分制はあり、身分に応じた兵役義務があるものの、国家の方針を決めるのは直接、市民が参加する直接民主制。各地域からの代表者で構成する執行機関はあるが、任期は1年。有名な陶片追放で国家を追われる権力者もいる。アテネは主に経済力で成長してきた。

 これらの都市国家同士は争いが絶えず戦争ばかり。たまには戦いを止めないか、ということで始まったのがオリンピックの由来である。

 このように発展してきたギリシャ諸国が東方から興った大国ペルシャの侵略で国家存亡の危険にさらされる。普段は争っている諸国家、特にアテネとスパルタがこの時は同盟した。ペルシャの戦力はその数20~30万人、対するギリシャ軍は各国合わせても数万。戦力的には勝ち目はなかった。

 しかし、第一次ペルシャ戦役ではマラトンの戦い(紀元前490年)でアテネの陸軍がペルシャを撃退(マラソンの由来)、その10年後第二次戦役ではサラミスの海戦(紀元前480年)でアテネを中心とした海軍が勝利、陸戦ではスパルタ王レオニダスが300人の兵で戦ったテルモピュライの戦いで戦死した(「300」というタイトルで映画化された)が、プラタイアの戦い(紀元前479年)でペルシャ陸軍を撃破。

 二次に亘る戦いでペルシャ側は完全に撤退。その後百数十年間、外国の侵入はなくギリシャの隆盛が始まる。

(感想)

 歴史上の変革期には必ず英雄が現れる。これらの人物なくして変革はなかっただろうし、その国の隆盛もなかったであろう。この時期のギリシャでは、アテネのテミストクレス、スパルタのパウサニアスはその代表格であるが、戦死したレオニダスは英雄として語り継がれた一方、圧倒的劣勢の中、マラトンとサラミスでいずれも戦略を立案し勝利に導いたテミストクレス、プラタイアの戦いの功労者パウサニアスの最期は悲しい。特定の個人が活躍するとそれだけ他人の嫉妬を買うのだろうか。

私は歴史物語が好きだが、特にギリシャ、ローマの歴史が大好き。塩野氏は「ローマ人の物語」全15巻を1992年から毎年1巻ずつ刊行。これが終わると「ローマ後の地中海世界全2巻」「十字軍物語全4巻」「皇帝フリードリッヒ二世の生涯全2巻」と主にローマ後の中世ヨーロッパを中心に執筆してきた。そしていよいよ今回、ローマから前に戻ってギリシャを扱った物語が始まった。

私にとっては待望のテーマであり、ワクワクしている。今から続刊が楽しみである。

(M.T@総務部)

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