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2014年1月31日 金曜日

私の読書日記(16) その1

吉川英治 「黒田如水」
火坂雅志 「軍師の門」(上)(下)

 今年のNHK大河ドラマは「軍師官兵衛」。出だし好調で、なかなか面白そうです。脚本はオリジナルですが、黒田官兵衛を書いた小説は数多くあります。その中から吉川英治と火坂雅志の作品を読んでみました。

(その1) 吉川英治「黒田如水」

 t01この小説で描かれる期間は、官兵衛が播磨(兵庫県)の小寺家という小さな大名の若き家老として信長と同盟を結ぶため謁見するところから、信長に叛旗を翻した荒木村重に捕らえられ、1年間幽閉の後救出されるまでの約6年間です。天正3年(1575年)から天正9年(1581年)、官兵衛の年齢にして30歳から36歳くらいまでです。

 官兵衛は信長の下で頭角を現しつつあった秀吉に認められ、もう一人の軍師竹中半兵衛とともに秀吉の参謀として重用されます。そしてこの頃の秀吉の戦いのほとんどに関わり、軍事面の戦術だけでなく、主に相手側の調略(説得して味方に引き入れること)で力を発揮します。秀吉のめざましい活躍の陰には官兵衛の智謀があったのです。

 官兵衛の交渉の基本は相手との信頼関係でした。交渉した相手との約束事は必ず守ることで、相手側からも信頼されます。そんな官兵衛も荒木村重の説得には失敗し、有岡城(兵庫県伊丹市)の狭い土牢に1年間閉じ込められたことで足は不自由となり身体は痩せさらばえますが、それでも秀吉、信長を裏切らなかったことが、更に彼の評判を高めることになります。

t05

 この小説のクライマックスは、信長勢の有岡城攻めの際、官兵衛の部下たちが真っ先に牢獄に向かい助け出すところです。官兵衛が捕らわれた際、信長は官兵衛が敵に寝返ったものと断じ、人質として預かっていた息子の松寿丸を殺せと秀吉に命じていました。ですから息子は死んだものと思っていましたが、その息子は生きていて再会できたのです。松寿丸が生きていたのは竹中半兵衛が信長の命令に従わず、自分の命を懸けて彼を守ったからです。この辺りは吉川英治の講談のような筆さばきで、泣かせるところです。(右地図:NHK大河ドラマストーリーより)

(M.T@総務部)

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