木を植え、森を育て、
木のぬくもりが宿る家づくり

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スタッフブログ

2017年も皆様にとって素晴らしい1年となりますことを心よりお祈り申し上げます。

昨年は多治見市東山の住宅団地“公園通り”約500区画を完売することができ、本当に有難く感謝の1年でした。この感謝の想いや回想はふれあいタイムズにて綴らせて頂きましたので、是非ご一読頂きたいと存じます。

ふれあいタイムズ メモ酉年号(48号)1ページ     メモ林檎号(47号)3ページ

IMG_4250さてアメリカ大統領選挙の結果が物語っているように世界中が混沌とした情勢の中、クニロクが属している住宅業界も先行き不透明感があり、消費税の増税後や東京オリンピック後の状況を想像すると、明るい未来を想定することは難しいと感じております。 弊社の住宅販売状況も昨年比マイナスであり、お客様の動向も良いとは言えない状況です。しかし嘆いていても何も状況は変わりません。こうした不調の時こそ、しっかり反省して次の一手を熟考し、行動に移さなければならない時です。松下幸之助氏が「不況もまたよし」と言っているように、不況時で業績が良くない時こそ、新しい知恵が生まれ、次の一手を打てる時なんだ、と前向きに捉えています。実際、やるべきこともたくさんあり、実践あるのみです!!
20170105
社内的には明るい話もたくさんあります。冒頭の東山“公園通り”完売はもちろんのこと、江南プレカットセンターの業績は好調、住宅事業部のリフォームチームでは「リクシルリフォームショップ」に加盟し、今年の夏までには本社のサテライト店としてショップをオープンさせる予定です。また、昨年7月に本社事務所を改装し、引っ越しが完了しております。更に國六本社ビルに住宅事業部のショールームをオープンさせる予定もあります。写真上の通り、今年も年末には社員とその家族140人に集まって頂き、盛大にファミリー会を開催することもできましたわーい (嬉しい顔)ハートたち (複数ハート)

IMG_4170写真右は昨年最後の大会として参加した第1回大垣マラソンの完走後、たまたま高校時代の柔道部の後輩と出会った時のものです。後輩曰く「カッパじゃない!ひまわりです!」だそうです(笑)。周囲の応援でも「カッパがんばれ!」って言われてきたそうです(笑)。
昨年も2回のフルマラソンに参加しましたが、一昨年以上の成績を残すことができませんでした。衰えを感じるものの、ハーフの大垣マラソンでは自己ベストを7秒だけ更新する1時間27分47秒で走ることができました。50歳になったらゆっくり楽しんで走ろう!と思っていた時もありましたが、50歳を迎える本年も自己ベスト更新を目指して走り続けたいと思いますグッド (上向き矢印)グッド (上向き矢印)グッド (上向き矢印)

やりたいこといっぱいの本年ですが、充実した1年となるように時間を大切に、仕事にもマラソンにも汗を流してまいります。

(S.K@社長)

2016年12月27日 火曜日

本年もありがとうございました

早いもので平成28年も残りわずかになりました。皆さんにとって今年の一番の出来事は何だったでしょうか?

振り返ると様々な出来事が政治・経済・芸能・スポーツなど各分野で連日報道され、盛りだくさんの1年だったように思います。

熊本と鳥取で起こった大きな地震や東北地方に津波警報が出たり天災にも大きな衝撃を受けました。住宅業界に限らず、私たちの生活に関係する出来事では消費税率10%導入が2年半延期されました。リオ五輪での日本人選手の活躍に、眠い目をこすって一喜一憂したのも思い出されますね。

クニロクでも大きな出来事がありました。平成12年4月にオープンした多治見GV東山“公園通り”約500区画の大型団地が完売になりました。約16年半の時間を掛け街づくりのコンセプトである「コミュニティー」を大切にして多くの方々に愛される団地になりました。皆様のご協力はもちろんのこと、特にご購入して頂いた皆様が「コミュニティー」を継続して実践頂いていることは感謝の気持ちでいっぱいです。

さてクニロクも年内の仕事は明日の大掃除で仕事納めとなります。新年をスッキリと迎えるためにも、しっかり掃除をしたいと思います。夜には恒例のファミリー会を開催します。ここ数年、出し物もグレードアップしてきており、今年もどんな会になるか?また報告させてもらいますね。

新年は1月5日(木)が仕事初めになります。年末年始を利用して心も体もリフレッシュしたいと思います。

ここでマイホームをご計画中の皆さんにお知らせです。
クニロクは1月5日(木)から通常営業となりますが、六条南住宅展示場は新年1月3日(火)からオープンします。年始の休暇を利用して皆様のご来場をお菓子が入った福袋をご用意してお待ちしております。お気軽にお越し下さい。

本年もたくさんのお客様に出会いマイホームのお手伝いをさせて頂き、誠にありがとうございました。

皆様にとってより良い新年をお迎え下さい。来年もよろしくお願い致します。

(K.T@住宅事業部)

2016年12月27日 火曜日

ぎふ家づくりの本

201612261注文住宅をお考えの方向けの雑誌のぎふ家づくりの本にクニロクホームも掲載しました。
この雑誌は12月下旬に書店の店頭で売り出されます。
掲載内容は六条南住宅展示場の紹介と木koriの家の紹介です。

クニロクホームの住宅だけではなく岐阜の工務店の家がたくさん掲載された雑誌になります。
201612262

それぞれの会社の特徴をPRした雑誌の中で少しでもお客様にクニロクホームの魅力を伝えられたらと思っていますので書店で見かけたら是非お手に取って見てみて下さいね。


六条南の展示場は記事だけでは伝えきれない魅力ある展示場です。
木のぬくもりと、工夫いっぱいの住宅を見学に来てください。ご来場お待ちしています。

(A.N@総合企画室)

2016年12月26日 月曜日

クリスマスケーキ

20161223今年のクリスマスにて、ケーキを自作してみました。

今年は三連休も重なり、時間もあったので、クリスマスケーキを自作してみました。

長男が、生クリームが苦手な事も有り、クリームを出来るだけ使用しない物をと考えると、

チョコレートケーキが良いのではと妻が提案してくれました。

作るのは、半日かかりましたが、食べるのは一瞬でした。

記念にカットする前の物を携帯で撮影したので、お見せします。

妻や子供に、見た目や味も褒められて、来年も作ってみたらと、家族に言われちゃいました。

良くも悪くも、喜んでくれるのは嬉しいですね。

(H.H@施工チーム)

2016年12月25日 日曜日

無垢の床

20161225気づけば、もうすぐ新年です。

お正月のおせち料理や甘酒を思うと楽しみですが、カレンダーを見ると「今年も、もう終わりか」と寂しい気持ちになります。

先日、担当させていただいている建売分譲(ガーデンスクエア水海道A棟)の現場確認に行ったところ、ちょうど無垢床を貼っている真っ最中でした!

モニカという無垢材で、濃淡のある木目が特徴的です。

柿渋塗装がしてあるため、アカシアより落ち着いた雰囲気になっています。

完成3月の予定です。是非、見に来てください。

(R.H@建設チーム)

2016年12月24日 土曜日

イルミネーション

201612241住宅事業部 営業の村田です。

ここ最近朝はめっきり寒くなりセーターやマフラーを着用する方は拝見しますと冬本番となってまいりました。我が家では私の休みの時に夜イルミネーションを見に行っております。

201612242最近では、「なばなの里」と「木曽三川公園」にイルミネーションを見に行きました。

長男は小さい頃からイルミネーションが大好きなので鼻水流しながら喜んで走っていました。次男は現在足を骨折していますのでベビーカーから景色を見るしかできないですが、何故か「メリークリスマス」と大声で叫んで笑っていました。

そんな姿を見ていると幸せを感じます。もう年末になり、お出掛けのされる方も多くなります。事故等に気を付けて年末まで走り切りたいと思います。

(S.M@営業チーム)

2016年12月14日 水曜日

もういくつ寝るとお正月~

20161214最近めっきり寒くなったと思ったら早いもので今日はもう12月14日です。

今年もあと2週間程です。

今日エレベーターに乗ったらモニターに今日は何の日みたいな案内があり

1703年12月14日は「忠臣蔵の日」と案内がされていました。

しかしながらこの案内は少し残念です。

赤穂浪士の吉良邸討ち入りは何年の出来事かと問われたら受験生ならおそらく

1702年、日本史の好きな人は1702年か1703年のどちらでも良いと答えます。

理由は討ち入りの日は一般的には1702年(元禄15年)12月14日とされていますが、しかしこれは旧暦での事、新暦(グレゴリオ暦)に直すと翌1703年の1月30日になってしまいます。1703年の出来事とする場合には日にちは1月30日であって12月14日では無いわけです。

早いもので来年は平成29年、平成になってもう30年近く経過しているのですね。

年末は皆さま色々お忙しいかと思いますが体調には十分ご注意され良いお年をお迎え下さい。

(K.A@開発チーム)

201612051いびがわマラソンから1週間、昨年に引き続き3回目の神戸マラソンに参加してきました。その間の1週間は5~6キロを2日間走っただけでほぼ休養。筋肉痛などもなくなり、やる気満々で臨みましたグッド (上向き矢印) が、結論30キロ過ぎから足が重くなり、更には途中で両足がつり始め、3時間26分と初フルマラソン時に次ぐ過去ワースト2番の不名誉記録を作ってしまいましたバッド (下向き矢印)バッド (下向き矢印)バッド (下向き矢印)
201612052周囲の人は「2週連続は無理だよ」などと慰めてくれますが、3年連続2週連続のフルマラソンを体験している私にとっては、明らかに“退化”です。35キロ付近から“退化”の2文字が脳裡をよぎっていました。 とは言うものの、どうしようもないので頭を切り替え、35キロからは「足がつって、ゆっくりしか走れないなら、楽しもう!」と沿道に笑顔で手を振ったりして気持ちを入れ替えていました(笑)。もちろん、半分負け惜しみですが・・・(笑) 一時期は50歳になったら、もう少し楽しく走りたい、などと考えたこともありましたが、今回の走りで、まだタイムを追い続けよう!と来年への誓いを立てたのでしたexclamation

フルマラソンは当分予定していませんが、12月11日は第1回大垣ハーフマラソンに参加してきます。バージョンアップされた地元の大会ですので、清流マラソン同様、クニロクのぼりを身に着け、参加してきますわーい (嬉しい顔)手 (チョキ)

(S.K@社長)

2016年11月30日 水曜日

フットサル

footsal

ふれあいタイムズ5月号でも紹介しましたが、私は2年ほど前からフットサルを始めましたサッカー
当初は運動不足解消のためでしたが、その面白さに夢中になり毎週のように参加しています。
サッカー経験は小学校の部活のみ、という私が何とか続けられたのは「下手」だからだと思います。
サッカー観戦はとても好きですが、見るのとやってみるのは大違い!
2年間続けてもなかなか上手くなりません・・・が少しずつ上達しているかな?
周りは自分より上手く、若い人たちばかりですがワイワイ騒ぎながらボールを蹴っています。
外は寒くなってきましたが、体を動かせば温まります。

社会に出るとなかなか運動する機会もありません。
何歳までやれるか分かりませんが、今後も続けていきたいと思います。

(Y.H@開発チーム)

2016年11月30日 水曜日

私の読書日記34

聖(サトシ)の青春

大崎善生

2016120111998年(平成10年)、29歳で逝った将棋界の鬼才、村山聖八段の生涯を描いた作品です。今、松山ケンイチ主演で映画が公開されています。私は彼の名は知っていましたが、今回読んでみてその生涯の壮絶さに驚き、感銘を覚えました。将棋に全く興味がない人でも、一人の若者の生き方から強烈な刺激を受けることと思います。

<あらすじ>

 村山聖は1969年(昭和44)広島市に生まれた。5歳の時、腎ネフローゼという難病にかかり、小学校5年まで国立療養所に入院し、院内学級で勉強することになる。入院していた同室の子供がある日、突然いなくなることを日頃から見ていた村山は、死というものを身近なものと感じる多感な子供になっていった。父がそんな息子の気晴らしになればと児童書やゲームを差し入れる内、一冊の本に村山は引き付けられる。それが将棋の解説本であった。それからというもの、村山は父に将棋関連の本ばかり差し入れを要求するようになる。病室では一日中、本を片手に盤上の将棋の駒を動かし、将棋の研究に没頭する。

 10歳の頃、外泊許可をもらい将棋教室へ通うようになると、一度も実戦経験がなかったにもかかわらず、メキメキと頭角を現し、11歳の時中国こども名人戦に優勝(その後4連覇)。その頃より中国地方一帯に名前を知られ始める。この頃から村山も強烈にプロを意識するようになり「プロになりたい」「名人になりたい」「谷川(名人)を倒したい」が口癖になる。

 両親は「この身体ではどう考えてもプロは無理だ」親族会議を開いてまで断念させようとしたプロ入りだったが、逆に強烈な自己主張で親族までも説得し納得させてしまう。

1982年(平成57年)、中学1年で森信雄六段を師匠として入門。翌年、奨励会(注1)に5級で合格、プロの卵となった。

(注1)奨励会とは、棋士の養成機関。各級から三段まであり、三段から四段に昇級するとプロとなる。各級各段毎に厳しい年齢規定があり、その年齢までに昇級できないと強制的に退会となる。

 奨励会入会後も、体調は一進一退で入院のため何度か休会している。それでも5級から三段までをほとんどノンストップで通過し、1986年(昭和61年)11月、17歳で四段に昇級し晴れてプロとなった。奨励会入会からプロ入りまで2年8か月は谷川や羽生を上回るスピード出世だった。

その後も快進撃は止まらず、順位戦(注2)の各級を驚異のスピードで通過し1995年A級に昇級、八段となり名人位を射程に捕える。

(注2)プロ棋士は全員、C2~1組、B2~1組、A級の5つの級に分かれ、級が上がると1段昇段しA級が八段。A級リーグの優勝者が名人に挑戦できる。

 一方、病気の方は全く快方せず、この快進撃の間も何度も入院、退院を繰り返し、不戦敗や病室から対局場へ行くこともしばしば。1局対局すると体力を消耗し、2~3日動けなくなり、自宅アパートでひたすら安静にするしかなかった。

 A級に昇級後、体調が悪化し、1997年にB級に降格。この時、膀胱癌が見つかり、片方の腎臓と膀胱を摘出する手術を受ける。生殖機能も失われた。1か月の入院後、医師の反対を押し切り、看護師に付き添われながら、棋戦に復帰。1年でB級を突破し、1998年(平成10年)A級復帰が決まった。

 その年の2月、村山は医師より非情な宣告を受ける。癌が再発していたのだ。村山は決められた戦いをこなしながら、翌期の休場を決め将棋連盟に届け出る。自身の最期を悟ったのだろうか。

 5月、再度入院したがもはや手術は不可能、放射線治療のみであった。そして8月8日、息を引き取った。最後まで将棋の棋譜をうわ言の様に読み上げ、最後の言葉は「2七銀…」であった。

<感想>

 村山のすさまじい将棋への執念、勝利へのこだわりは、自身の病気と直結しています。幼い頃から常に病気と闘い、死と隣り合わせにいた村山は、「自分には時間がない」ことを知っていました。だから名人になるためには、1年でも早くプロになり、八段にならなければならなかった。村山には無駄にできる時間は1秒もなかったのです。
 一日、一分、一秒を大切にし、真剣に生きる。そのことを村山は私たちに教えてくれています。

 一方で村山は、命あるものに優しい目を向けます。動物や植物、自分のように病気に苦しむ人、障害を持つ人たちは他人のようには思えなかった。草花を切って飾ることさえ嫌がります。こういう純真無垢なところが多くの先輩から可愛がられ、友人や後輩からは慕われました。友人の一人である先崎六段(当時)の追悼文に胸をうたれます。

https://shogipenclublog.com/blog/2015/04/22/senzaki-7/

(M.T@総務部)

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