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2018年8月1日 水曜日

私の読書日記46 たゆたえども沈まず 原田マハ

 20180801 この小説は、画家のフィンセント・ファン・ゴッホの生涯を描いたものです。ゴッホは37歳で亡くなるまで実にたくさんの絵を描きますが、そのほとんどは彼が生きている内には売れませんでした。その貧乏画家を経済的にも精神的にも支えたのは、弟であるテオドロスでした。そして、その兄弟を陰で支援した日本人の画商がいたのです。

(あらすじ)

 明治11年単身渡仏しパリで画商を始めた林忠正は、大学の後輩である加納重吉を呼び寄せる。重吉は、大手画商のパリ支配人を任されていたテオドロス・ゴッホ(愛称テオ)と知り合う。テオは店を切り盛りしながらも、兄であるフィンセントの描く絵を何とか世に出したいと願っていた。

 しかし、兄の絵は全く世の中に受け入れられなかった。なぜなら当時、美術界では人物を写実的に美しく描く絵が賞賛されており、農民や市民の普通の暮らしを暗い色調で描くゴッホの絵はとても美しいとは言えず、誰も買おうとはしなかったのだ。

 一方で、ゴッホは日本に対して異常なまでの憧れを持っていた。特に浮世絵に対する思い入れは強く、彼が描いた肖像画の背景に浮世絵がかかっているものもある。これは、テオと親友になった重吉が用意したものだ。

 テオは物心両面からゴッホを応援するが、勝手気ままで気難しい兄との関係は険悪なものとなり、時には大喧嘩し絶縁状態になりながらも、テオは兄の描く絵を受け入れ管理し続けた。しかし、次第にゴッホの精神状態は不安定となり、やがて悲劇を迎える。

(感想)

 ほとんど絵に興味がなく知識もない私ですが、この小説によって少しだけ絵の知識を得ることができました。ゴッホの悲しい生涯と、それを支えた弟がいたことも初めて知りました。

その陰に日本人画商がいたことは驚きです。小説ですのでいくつかフィクションもあるでしょうが、ゴッホが日本に並々ならぬ憧れを抱いていたことは事実のようです。そのことは少しうれしく思います。

(M.T@総務部)

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