私の読書日記39

2017年9月12日 火曜日

将棋の子

大崎善生

  20170912今年の将棋界は藤井聡太四段の活躍で大きく盛り上がっています。彼は中学3年生でプロ棋士になり、いきなり29連勝という大記録を打ち立てました。中学生でプロ棋士になったのは、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明の4人のみ。いずれも名人または竜王になっていますから、藤井四段もいずれ名人位はもちろん、将棋界にある8つのタイトルを独占する日が来るかも知れません。彼が、10年~20年に一人の逸材であることは間違いなく、これからが非常に楽しみです。

  ところで、将棋のプロとは何でしょうか。何を以ってプロと言うのか。プロになるためにはどういう手段があるのか。

 将棋に少しでも興味がある方なら当然ご存知のことですが、将棋界にはプロ養成機関というべき「奨励会」という会があります。「将来プロ棋士になりたい」という夢を持つ少年たちはこの会に入会し、プロを目指します。会員には実力に応じて級または段位が与えられており、この級または段は日々の実戦の成績で上下します。6級や7級で入った会員は三段まで上がると、30人程で構成される三段リーグがあり、これで上位2名に入ると四段に昇格できます。そして四段になることがイコールプロ棋士になることです。この三段リーグは年2回開催です。つまり、年に4しかプロ棋士になれないのです。

  しかも、奨励会には年齢制限があり、26歳の誕生日までに四段(プロ)になれないと、強制的に退会となります。子供の頃から将棋だけに没頭し、世間を全く知らない青年が、26でいきなり社会に放り出されます。そこには様々な悲喜劇が生まれます。作者は、日本将棋連盟に勤務し連盟が出す雑誌の編集長を永年務め、大勢の棋士の卵たちを見てきました。この本は作者が、夢破れ、失意の内に去って行った青年たちのその後を追いかけた、ノンフィクションです。

 なお、作者は故村山聖八段の短い人生を描いた「聖の青春(私の読書日記34参照)の作者でもあります。

(あらすじ)
 
成田英二は北海道で貧しい家に生まれた。札幌の将棋道場で神童とか天才とか呼ばれ、高校1年の時、高校生の全国大会で優勝。17歳で奨励会に入会した。英二と母は東京へ出て一緒に暮らすことになる。その後、父も関東に仕事を見つけ東京へ出て来る。全て、英二がプロ棋士になることを支援するためだった。しかし、地元で無敵だった英二も、奨励会は同じような天才ばかりが全国から集まってくる場所。その中で勝ち進むのは容易ではない。英二の成績は次第に足踏みする。二段までは上がるのだが、その先は高い壁だった。そうこうする内、母が乳がんで倒れる。父が心筋梗塞で死亡する。母を懸命に看病するが、やがて母も死去する。一人になった英二は寂しさに耐えきれず、成績は低迷し、26歳を前にプロ棋士の夢を断念し、奨励会を退会する。

  奨励会を辞めた英二は、母が残してくれていた唯一の遺産300万円をギャンブルで使い果たした後、故郷の北海道夕張へ帰る。ところが、地元でも勤務先の倒産や不運が重なり、サラ金に追われる身となり、アパートから夜逃げし、いつしか廃品回収の日雇い労働者として、タコ部屋のようなところで住み込みで働いている。

(感想)
 
本書の中には、英二の他、何人かの元奨励会員たちの、奨励会退会後の人生が描かれています。なかには、退会後、自暴自棄になり多くの転職を繰り返した後、一念発起して不動産会社に就職し、その後司法書士の資格を取得し開業した者。世界中を放浪した後、ブラジルに定住し、ブラジルで開かれた将棋大会に優勝した者、等々様々な人生が綴られています。

 四段になれるかなれないか。その差は紙一重であり、運に因るものでもあります。しかし、その紙一重はあまりにも大きな差となって若者の後半生を襲います。

 藤井四段のように、脚光を浴びるトップ棋士がいる陰で、多くの若者はひっそりと将棋界を去り、その後の人生で塗炭の苦しみを味わいます。将棋界とは、なんと厳しい世界なのでしょうか。子供の頃から人生の全てをかけて挑んだ勝負に敗れ、去っていく若者の心を思うと胸が痛みます。

(M.T@総務部)