カテゴリー別アーカイブ: 私の読書日記

私の読書日記45

2018年5月9日 水曜日

盤上の向日葵

 柚月裕子

20180509 今、将棋界では藤井六段の話題で持ち切りですね。ここ1~2年の内に将棋界の八つの大きなタイトルの内一つは取るでしょうし、20歳になる前に名人位の獲得も充分可能性があります。私も将棋は好きで、全く指しませんが棋界の情報は以前から追い続けています。このブログでも、2度将棋関連の本を紹介しました(2016.11.30「聖の青春」2017.9.21「将棋の子」)。

上記2冊は若い棋士の生き様を描いたノンフィクションでしたが、今回紹介する本は舞台こそ将棋界ですがフィクション、ミステリー小説です。ですので、将棋に詳しくない人でも充分楽しめる本だと思います。

(あらすじ1)
 埼玉県天城山山中で白骨死体が発見された。死後3年は経過しているとみられ、身元判明には時間がかかりそうだった。ただ、いかにも不自然な遺留品があった。将棋の駒が遺体に添えられていたのだ。しかもその駒は、江戸末期から明治にかけて活躍した有名な駒師初代菊水月作という名駒で、時価にして600万円とも言われていて、同種の駒は7品しかつくられていない。

なぜ、死体にそのような高価な駒が添えられているのかは謎だが、身元が分からない状況で、捜査の手掛かりはこの駒しかない。大宮北署のベテラン刑事石破と、数年前までプロ棋士を志していた若い刑事佐野は、この駒の持ち主を特定すべく、7つの駒の現在を追って全国へ飛ぶ。

(あらすじ2)
 一方で全く別のストーリーが同時に進行する。長野県諏訪湖周辺の町に住む上条桂介少年は母を幼い時に亡くし、酒浸りの父親から虐待を受けていた。桂介の唯一の救いは将棋の本を読むこと。廃品として捨てられた雑誌の中から将棋雑誌を盗み出し秘かに読んでいた。それを知った近所に住む元教師の唐沢は、盗みを叱るのではなく桂介に将棋を教えることにした。桂介の腕はみるみる上達した。桂介の将棋の才能を見込んだ唐沢は、プロを目指せと促し奨励会(将棋のプロ養成機関)に入れようとするが、父親の猛反対に遭い断念する。

成長した桂介は東大に入学するが、ふらりと寄った街の将棋クラブで真剣師(賭け将棋をする人物)金明に出会う。桂介は金明を毛嫌いするが、彼の指す将棋にはなぜか惹かれていく。

(感想)
 かなり分厚い本ですが、ミステリー仕立てになっており、どんどん惹き込まれていきます。それだけでなく、桂介が受けた父親からの虐待と、唐沢から受けた愛情でそこから立ち直っていく様は、感動的で読者を泣かせます。ミステリーでありながら、一人の人間の成長物語として成立しているこの小説は、松本清張の「砂の器」を思い出させます。

2018年本屋大賞2位もうなずけます。

(M.T@総務部)

私の読書日記44

2018年4月3日 火曜日

ギリシヤ人の物語Ⅲ 新しき力

 塩野七生

 201804031皆さんは「世界の三大英雄は誰か」と問われたら誰と答えますか?秦の始皇帝、アレクサンドロス大王、ハンニバル、ユリウス・カエサル、チンギス・ハーン、ナポレオンなどが候補に挙がると思いますが、どのように三人を選ぶにしても、絶対に外せないのがアレクサンドロス大王(英語読みアレキサンダー、ペルシャではイスカンダルと呼ばれた)だと私は思います(←意見には個人差があります(笑))。

征服した国や土地の数・広さ、時代背景、その後の世界への影響力等を考えると、断然NO1ではないでしょうか(ちなみにその基準からいくと、あと二人はカエサルとチンギス・ハーンになりそうです)。

ギリシャ人の物語Ⅲは、そのマケドニア王アレクサンドロスが主人公です。ギリシャの都市国家凋落後、ギリシャの北方から勃興し、あっと言う間にギリシャ世界を制覇。東方へ遠征し当時世界最強の大国ペルシャを倒し、インドまで足を伸ばした青年王の物語はどんなフィクションよりもスリリングで壮大な冒険譚です。

(あらすじ)

 アレクサンドロスは紀元前336年、マケドニア王フィリッポスの子として生まれる。家庭教師のアリストテレスから幅広い教養を学び、スパルタ人から文字通りスパルタ式の軍事教練を受け逞しい武人へと成長。父王がギリシャ世界をほぼ制覇した後、何者かの暗殺で倒れたため、20歳の若さで王位に就く。

王位就任の翌年、ギリシャ世界最大の脅威であった大国ペルシャを倒すため、マケドニア及びギリシャ諸都市の兵で3万5千人の軍を編成し東方へ遠征(現在の中東~中央アジア)する。ペルシャへ侵入後、大きな戦いは4度。最も有名なイッソスの戦いではペルシャ軍は15万とも20万とも言われるなど、全ての戦いで自軍の数倍の戦力ある相手を粉砕し敗走させる。連戦連勝しただけでなく、自軍の損害が極めて少なかったことも特徴である。

 これは彼が戦いの都度、戦略、戦術を明確にし、それを全軍に徹底することで、軍全体が彼の指示のもと一糸乱れぬ戦いをしていたからである。彼は単なる王ではなく、軍略家として戦術の立案に極めて優れていた。それだけでなく、戦場にあっては一般の兵士と同じ食を取り、同じ場所で寝起きをし、戦闘が始まれば常に真っ先に敵陣に突っ込んで行き、一兵士としても極めて有能であった。これらのことで兵士からは絶大な信頼と尊敬を集めていた。このような一体感が、マケドニア軍の強さだった。

 彼が残した事跡で特筆すべきはマケドニア人とペルシャ人の融和を進めたこと。例えば、征服した土地の統治を部下のマケドニア人が行うのではなく、行政に関してはペルシャ人にそのまま任せたことである。マケドニアの兵士とペルシャ人との結婚も奨励し、自らもペルシャ王の娘と結婚式を挙げている。各地に新しい都市を建設し、〇〇地方のアレクサンドリアと名付けられた。これらの都市は現在でも存続しているところもある。このような融和政策とインフラ整備によりギリシャ文化とオリエント文化が融合し、後にヘレニズム文化と呼ばれる科学芸術の絶頂期を迎えることになる。

201804032(感想)

 本の感想はともかく、塩野氏がこの作品を最後にもう新たな歴史物語は書かないと、あと書きで述べていることがショックです。

 1992年に発表された「ローマ人の物語第1巻」以降、ずっと氏の作品を愛読してきた者としては寂しい限りです。もう80歳とのことなので止むを得ないことかも知れませんが、残念です。カエサルやアレクサンドロスのように、氏の創作意欲を掻き立てる魅力的な人物がもういないということなのでしょうか。

(M.T@総務部)

私の読書日記43

2018年3月13日 火曜日

騙し絵の牙

塩田武士

20180314 塩田氏の作品は私は初めてですが、前作「罪の声」で2016年週刊文春ミステリー1位、2017年本屋大賞3位などを受賞し、近年人気が出てきており注目の作家です。
 本を手に取り、まず驚きます。表紙カバーと各章の始めのページに俳優の大泉洋の写真。新刊本ですし映像化の企画もまだないはずですが、この装丁。これは作者が映像化を前提として(あるいは映像化できないとしても)、大泉洋が主人公として活躍する姿を想定してストーリーを作ったようです(これを業界ではアテ書きというそうです)。

 (あらすじ)
 
主人公速水輝也は大手出版社薫風社の敏腕編集者。本来は小説の編集が好きで長らく小説雑誌の編集に携わったが、今はカルチャー誌「トリニティ」の編集長を務める。その雑誌にも連載小説の枠を1つ設けるなど小説に対する愛は変わらない。また、小説誌時代に関わった多くの作家たちからの信頼が厚く、人脈の広さは社内随一。
 一方、出版業界全体では紙媒体メディアの衰退や若者の活字離れが進み、薫風社でも売上の減少に歯止めがかからない。とりわけ10誌以上あった雑誌は不振が顕著で、廃刊が続いている。「トリニティ」も例外ではなく、年間で黒字が達成できなければ廃刊すると、会社幹部からは厳命されている。

 雑誌の収益は雑誌そのものの売上の他、広告収入や雑誌連載ものの単行本化など派生する商品の売上の3つから成り立っている。速水は3つのそれぞれについて売上を伸ばすため奔走する。大物作家の連載、映像化、企業とのタイアップ等々。そんななかでもこれまで関わってきた作家たち、特に若い作家を育てることも忘れないようにしていた。
 しかし、社内の政争に翻弄される上、家庭内にも問題を抱え忙殺される中、悲しい事件が起こってしまう。

(感 想)
 
主人公速水を大泉洋であると想像しながら読むので、一つひとつのシーンが脳内でリアルに再生されます。なかでも、速水のトークが軽妙でコミカル。ピンチには秘蔵の一発芸。ここぞと言う時に出る秒殺のモノマネ芸。社内会議では緊張したムードを和ませる笑顔とユーモア。時折飛び出す中学生のようないたずら。このようにトリッキーで変幻自在なキャラクターを演じることができるのは大泉洋しかいないでしょう。
 そんな風に楽しく読み進むうちに、少しずつタイトルが気になり始めます。騙し絵とは?とは?それらしきストーリーはどこにも出てきません。誰が騙すのか?誰が牙を剥くのか?

 仕事ができて部下思いの理想の上司。それが社内の政争に巻き込まれ敗北・・・のはずですが、最後は驚きの展開となります。
 数年前の「半沢直樹」のように、1年後には速水輝也ブームが起きているかも知れません。

(M.T@総務部)

私の読書日記42

2018年1月17日 水曜日

大西郷という虚像

原田伊織

 20180117NHKの今年の大河ドラマ「西郷どん」がいよいよ始まりました。「せごどん」と読むようですね。視聴率もなかなか好調のようです。やはり西郷隆盛は、坂本龍馬と並んで維新の志士たちの中でも抜群の人気があるようですね。薩長同盟のような英断、江戸城無血開城に見られる寛容さ、西南の役での悲劇性などの様々なイメージが重なり、「大」人物という評価が定着しているかと思います。

本書は、この維新の英傑のイメージの大半が、意図的に作られたものであり、実像はかなり違うことを明らかにします。大河ドラマを楽しみたい方は読まない方がいいかも知れません。

(概要)

西郷の性格を形造る上で重要な役割を果たしているのが、薩摩独特の青少年教育である。郷中(ごちゅう)という(言わば町内のような区切り)の中で、集団で子供たちを教育する。その中で青年たちは二才(にせ)と呼ばれ、西郷は二才頭(にせかしら)を務めていた。いわば青年団長と言う役回りだが、この郷中の結束力は強く、後々西郷に付き従うのもこの郷中の青年たちである。

また、薩摩には関ヶ原の戦いで西軍に属し、敵中突破し薩摩に逃れた島津軍敗走の悔しさを決して忘れない、という伝統が幕末まで引き継がれていた。その一つが第1回放送でも紹介された妙円寺参りである。薩摩人の心の中には「いつか徳川を倒す」との気持ちが生き続けてきたのであり、西郷の心の根底には幼い頃から植え付けられた「倒幕」の一語があったのである。

西郷は島津久光に嫌われていたこともあり、表舞台への登場は意外と遅い。2度の島流しから帰還した後の蛤御門の変あたりからである。その後の西郷の活躍は大久保、岩倉と組んで行った策謀の歴史でもある。

数ある策謀の中でも明らかに西郷が主導したのが、赤報隊を使った江戸での乱暴狼藉である。王政復古の大号令後も徳川を中心とした政治体制に変化がないと見るや、相良総三に命じ赤報隊なる組織を作らせ、江戸の主だった商家、武家の家を焼き討ち、殺傷、強姦など好き放題に荒らし回らせた。今の言葉で言えばテロ行為である。これに反発した幕府側が薩摩の仕業だと断じ薩摩藩邸焼き討ちを行うと、これをきっかけに鳥羽伏見の戦いへと突入する。西郷の狙いは平和的な政権の移行ではなく、あくまで幕府を武力で倒すこと。赤報隊はそのための仕掛けだったのだ。そして役割を終えた相良らは偽官軍として消されてしまうのである。

江戸城開城後の東北諸藩との戦いでも西郷の役割は小さくない。会津を始めとした東北諸藩は恭順の意を示しているにも拘わらず、これを受け付けず開戦へと誘導した。

これらを逐一見てくると、西郷の性格には根底に倒幕があり、戦好き策謀好きであることが明らかになってくる。かと言って新しい日本を作るビジョンがあったかと言えば、唯々倒幕であり、その後をどうするかは何もなかったのである。

(感想)

 幕末の戦いについて様々な見方があるかとは思います。私個人としてはどうしても肯定できないのが、会津戦争に至る経緯です。この戦争に大義などはなく、何としても武力で幕府側の残存勢力を叩き潰したいという薩摩や長洲の怨念だけが要因であり、それを止めることのなかった西郷も同罪と言えましょう。

我々が知っている歴史の多くは、戦いの勝者が伝えた歴史であり、実態はかなり違うということを知る上で参考になる本かと思います。

 ただ、本書では西郷だけでなく、主に長洲人の醜悪さも強調しています。伊藤博文、山縣有朋、井上馨など、ある日突然権力の座に就いた下級武士たちは、見識も品格もなく、横領と遊興に明け暮れてしまいます。「こんな日本を作るために戦ってきたのではなかった」と落胆したのが、西郷下野の理由のようです。少なくともお金には清廉な人物であったと記していることはわずかな救いです。

(M.T@総務部)

私の読書日記41

2017年12月5日 火曜日

守教(上)(下)

帚木蓬生

201712055201712054 戦国時代、フランシスコ・ザビエルにより日本に伝わったキリスト教が、各地に教会が建てられるほどに広まった後、秀吉の時代に一転して禁教となり、江戸時代に入り徹底して弾圧されたことで、多くの信徒は棄教(キリスト教を捨て他の宗教を信じる)を余儀なくされました。しかし、表向きは棄教を装いながら、教会もなく神父もいない中でも秘かに教えを信じ、子や孫へ教えを伝え続け、江戸時代の終わりまで信仰を続けた人々がいました。

 そのような人々にスポットをあて、その苦しみや信仰のあり方を描いた小説です。

(あらすじ)

 九州は豊後の国(現在の大分県南部)の領主、大友宗麟は熱心なキリシタン大名だった。その家来でありキリシタンだった一万田馬之助は、豊後国内高橋村の大庄屋(庄屋のとりまとめ役)になるように頼まれる。その時、宗麟から「たとえ小さな村でも、ゼウスによって導かれるこの世の楽園をつくってほしい」との使命を与えられる。その使命の印として、ザビエルから授かったと言われる、絹の布を受け取る。

 馬之助は大庄屋としての仕事に懸命に取り組み、村の農民や各庄屋からの厚い信頼を得る。馬之助の人柄が、やがてキリスト教の教えに導かれたものであることを知った農民たちは、馬之助を通じてその教えを求めるようになる。戦続きの世にあっては命があまりにも軽く、貧しい生活を強いられる農民の心に、キリスト教が説く「慈愛」や「救い」は乾いた土に水が浸みこむように広がっていった。

 馬之助に教えを説いたアルメイダ修道士は、捨て子や孤児たちを引き受け孤児院を開設していた。その孤児院から一人の捨て子を馬之助は自分の養子として育て、久米蔵と名付けた。久米蔵は父以上に熱心な信徒となり、村人たちにキリスト教の祈りを教えるようになる。やがて高橋村の周辺にも信徒は広がり、近隣の秋月には教会も建てられ、神父や修道士による教えも直接聞けるようになった。

 しかし、急速な拡大を驚異に感じたのか、あるいは「キリスト教布教の真の狙いはポルトガルによる日本征服の先兵となること」という噂を信じたのか、秀吉はこれまで容認してきた布教を一転して禁止とする、伴天連追放令を出す。

 江戸時代になるとキリスト教を信仰することそのものが禁止となり、宣教師、信徒に対して徹底した弾圧が始まる。信徒であることがわかれば、拷問による棄教が迫られ、棄教しない者は衆人監視の中、打ち首か磔刑。更には、逆さに吊るし死ぬまで放置するという酷い刑まであった。

この時代、高橋村の大庄屋は久米蔵からその長男である音蔵の代になっていた。次男の道蔵は近隣の今村の農家へ婿入りし大庄屋の下の庄屋となっていた。熱心な信徒であった道蔵は高橋村の危機を救いかつ信仰を守るため、自分が犠牲になることを決意する。

それは大庄屋である兄音蔵と息子である鹿蔵が、奉行所へ「村内の農民は皆信徒ではないが、唯一道蔵だけが信仰を捨てていない」と訴え出ることだった。

音蔵と鹿蔵は必死で翻意を迫るが、道蔵の意志は変わることなくやむなく道蔵の言う通り、音蔵と鹿蔵は届け出て、道蔵は磔の刑を受ける。その結果、奉行所は高橋村の届を信用し、信徒へのそれ以上の追及はなくなった。

高橋村の人々は道蔵の遺志を守り続け、その後200年以上、表向きは仏教徒として生き、秘かにキリスト教の教えを受け継いだ。

(感想)

今村天主堂 (福岡県太刀洗町)

今村天主堂
(福岡県太刀洗町)

 重く、あまりにも重い本で読み続けるのがつらい本です。とりわけ、多くの宣教師や信徒が拷問で殺されていく様子はとても寝る前には読めません。

主人公の馬之助や久米蔵は創作上の人物と思われますが、他の登場人物、神父や修道士は全て実在した人物です。地域名も実名で、道蔵の墓の上には現在今村天主堂が建立されています。

随所にキリストの教えも散りばめられ、キリスト教の教義や歴史の勉強にもなる本です。若い頃読んだ遠藤周作「沈黙」を、もう一度読んでみたいと思いました。

(M.T@総務部)

私の読書日記40

2017年11月7日 火曜日

大暴落~ガラ~

幸田真音

201711051 以前のブログ(2014年11月6日)でも紹介した氏の「スケープゴート」の続編です。

前作では、大学教授だった三崎皓子(みさきこうこ)が民間出身の閣僚として金融担当大臣となり、その後参院議員に出馬し当選。今度は官房長官に任命され任務をこなしていると数か月後、総理大臣が倒れ辞任。三崎は与党の総裁選に立候補し敗れたものの、一部野党の支持も得て国会で次期総理大臣に選出されるというところまででした。

201711052(あらすじ)

 総理大臣に就任した当日から三崎が直面したのは、関東地方北部を襲った集中豪雨。荒川の水が上流域で上昇し、危険水域に達するかも知れないという情報が届く。そこへ大型台風接近の予報。もし台風が東京を直撃したら、更に水位が上昇し荒川が決壊する。その場合、被害は流域周辺だけでなく都心にも及ぶ。事前に手を打たなければ、大変なことになる。洪水を前提とした対応をしなければ、被害を最小限に抑えることができない。

 そのような危機意識を基に、次々と対応を指示するが肝心の閣僚や与党幹部たちが動かない。まだ、都心は晴れている、そんな危険はない。もし、予想が外れたら企業に対しどう責任を取るんだ、と反発する長老たち。それを総理大臣の権限と責任で押し通し、企業や交通機関に事前対応を要請する。

 結果、荒川は決壊し、都内の一部は水没し犠牲者も多く出たが、被害は最小限に食い止められた。三崎に対し批判は出たが、事実経過が判明するにつれその対応に賞賛の声が上がり始める。

一方で、市場では洪水とも関連し日本国債の暴落が始まっていた。もちろん洪水はきっかけに過ぎない。1000兆円にものぼる国債残高が臨界点に達していたのだ。だからこの大暴落は必然であり、止める手段はない。日本に対する国際社会の信任が地に落ちる結果になる。

このどうしようもない危機に三崎は立ち向かう。ここでも三崎の証券会社での勤務経験が生きることになる。

(感想)

 日本国債の危険度については、幸田氏は以前にも小説を書いています(「日本国債」2000年文芸春秋社刊)。このような題材は氏の得意分野です。

 今回、私が興味を持ったのは、荒川の存在です。江戸時代から幾度となく大規模水害に見舞われてきたこの流域では、荒川の決壊を防ぐため、荒川の水流を変える新たな川(荒川放水路)掘削を計画。周辺の土地を買収し、大正の終わりから昭和の始めにかけ17年かけて、多くの犠牲者も出しながら、実に22kmに及ぶ人口の川を作ったのです。この荒川放水路が完成して以後、東京は洪水に見舞われてはいません。東京の暮らしはこのような多大な犠牲の上に成り立っているのです。なお、現在では荒川放水路が荒川で、それまでの荒川は隅田川と呼ばれています。

とは言え、現在でも荒川決壊の危険は完全になくなったとは言えません。この小説も決して絵空事を書いているのではないのです。

前作「スケープゴート」はWOWWOWでドラマ化されました。主人公三崎皓子は黒木瞳が演じました。本作もまたドラマ化されることでしょう。

(M.T@総務部)

私の読書日記39

2017年9月12日 火曜日

将棋の子

大崎善生

  20170912今年の将棋界は藤井聡太四段の活躍で大きく盛り上がっています。彼は中学3年生でプロ棋士になり、いきなり29連勝という大記録を打ち立てました。中学生でプロ棋士になったのは、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明の4人のみ。いずれも名人または竜王になっていますから、藤井四段もいずれ名人位はもちろん、将棋界にある8つのタイトルを独占する日が来るかも知れません。彼が、10年~20年に一人の逸材であることは間違いなく、これからが非常に楽しみです。

  ところで、将棋のプロとは何でしょうか。何を以ってプロと言うのか。プロになるためにはどういう手段があるのか。

 将棋に少しでも興味がある方なら当然ご存知のことですが、将棋界にはプロ養成機関というべき「奨励会」という会があります。「将来プロ棋士になりたい」という夢を持つ少年たちはこの会に入会し、プロを目指します。会員には実力に応じて級または段位が与えられており、この級または段は日々の実戦の成績で上下します。6級や7級で入った会員は三段まで上がると、30人程で構成される三段リーグがあり、これで上位2名に入ると四段に昇格できます。そして四段になることがイコールプロ棋士になることです。この三段リーグは年2回開催です。つまり、年に4しかプロ棋士になれないのです。

  しかも、奨励会には年齢制限があり、26歳の誕生日までに四段(プロ)になれないと、強制的に退会となります。子供の頃から将棋だけに没頭し、世間を全く知らない青年が、26でいきなり社会に放り出されます。そこには様々な悲喜劇が生まれます。作者は、日本将棋連盟に勤務し連盟が出す雑誌の編集長を永年務め、大勢の棋士の卵たちを見てきました。この本は作者が、夢破れ、失意の内に去って行った青年たちのその後を追いかけた、ノンフィクションです。

 なお、作者は故村山聖八段の短い人生を描いた「聖の青春(私の読書日記34参照)の作者でもあります。

(あらすじ)
 
成田英二は北海道で貧しい家に生まれた。札幌の将棋道場で神童とか天才とか呼ばれ、高校1年の時、高校生の全国大会で優勝。17歳で奨励会に入会した。英二と母は東京へ出て一緒に暮らすことになる。その後、父も関東に仕事を見つけ東京へ出て来る。全て、英二がプロ棋士になることを支援するためだった。しかし、地元で無敵だった英二も、奨励会は同じような天才ばかりが全国から集まってくる場所。その中で勝ち進むのは容易ではない。英二の成績は次第に足踏みする。二段までは上がるのだが、その先は高い壁だった。そうこうする内、母が乳がんで倒れる。父が心筋梗塞で死亡する。母を懸命に看病するが、やがて母も死去する。一人になった英二は寂しさに耐えきれず、成績は低迷し、26歳を前にプロ棋士の夢を断念し、奨励会を退会する。

  奨励会を辞めた英二は、母が残してくれていた唯一の遺産300万円をギャンブルで使い果たした後、故郷の北海道夕張へ帰る。ところが、地元でも勤務先の倒産や不運が重なり、サラ金に追われる身となり、アパートから夜逃げし、いつしか廃品回収の日雇い労働者として、タコ部屋のようなところで住み込みで働いている。

(感想)
 
本書の中には、英二の他、何人かの元奨励会員たちの、奨励会退会後の人生が描かれています。なかには、退会後、自暴自棄になり多くの転職を繰り返した後、一念発起して不動産会社に就職し、その後司法書士の資格を取得し開業した者。世界中を放浪した後、ブラジルに定住し、ブラジルで開かれた将棋大会に優勝した者、等々様々な人生が綴られています。

 四段になれるかなれないか。その差は紙一重であり、運に因るものでもあります。しかし、その紙一重はあまりにも大きな差となって若者の後半生を襲います。

 藤井四段のように、脚光を浴びるトップ棋士がいる陰で、多くの若者はひっそりと将棋界を去り、その後の人生で塗炭の苦しみを味わいます。将棋界とは、なんと厳しい世界なのでしょうか。子供の頃から人生の全てをかけて挑んだ勝負に敗れ、去っていく若者の心を思うと胸が痛みます。

(M.T@総務部)

私の読書日記38

2017年8月7日 月曜日

足利兄弟

岡田秀文

 20170808古今東西、兄弟が敵味方に別れ戦うという事は多くありますが、足利尊氏、直義(ただよし)兄弟の戦いはその規模において、日本史上では最大級のものでしょう。NHK大河ドラマ「太平記」(1991年)でも放送されました。あの時は、尊氏を真田広之、直義を高嶋政伸が演じましたが、私の中では尊氏や直義よりもなぜか高師直(こうのもろなお)を演じた柄本明の印象が強く、顔や態度にいかにも曲者という感じがにじみ出ていた記憶があります。

 (あらすじ)

 鎌倉時代末期、政権は鎌倉幕府執権北条氏にあったが、実権は得宗家(とくそうけ=北条一族の本家のこと)の執事である長崎氏が握っており、北条氏自体の権力も弱体化していた。源氏の嫡流であることを自他ともに認める足利家は、北条氏の配下にあり、幕府を支える立場を保ちながら、いつの日か北条氏に取って代わろうという野心を隠し持っていた。

 足利家の嫡男尊氏と1歳違いの弟直義は子供の頃から仲が良く、足利家の悲願を共有していたが、行動的な直義に対し、尊氏は今一つつかみ所のない性格で、北条家の娘を妻にしていることもあり、謀反決起には慎重だった。

 そんな中、京都で後醍醐天皇が幕府打倒を掲げ立ち上がった。尊氏兄弟はこの混乱を待っていた。京都での反乱を抑えるため、鎌倉幕府は尊氏ら有力武将に追討を命じ、尊氏は出陣するが、京都に到着した尊氏は出陣前の計画通り、天皇側に寝返った。これが契機となり、鎌倉幕府と北条氏は滅びてしまう。

 その後、建武の新政を経て、後醍醐天皇を排除、新たな天皇も擁立し(北朝)、念願の足利政権を樹立するが、今度は政権内での権力闘争が表面化する。尊氏から政務を実質上任された直義と、足利武士団の中心にいる高師直との対立だ。直義から師直の排除を要求された尊氏は一度、師直を罷免するが、今度は師直側から武力で脅され、結局、直義を追放する。

 全て職を解かれ出家した直義だが、師直に対する憤りは抑えきれず、尊氏、師直らが思いもつかぬ戦術に出る。何と、自分達が排除した共通の敵であった南朝側と手を結んでしまうという、奇策であった。

 この後、兄弟の戦いは日本中の武士を巻き込み、オセロゲームのように勝敗はめまぐるしく変わるが、最終的には尊氏側が勝利し政権は安定化する。

(感想)

 今の時代でも兄弟の関係というのは難しいものです。まして、戦国の武将ともなれば兄弟それぞれに有力武将や家臣団がいます。彼らにはそれぞれ地方に領地があり、背後には様々な利害関係もあるでしょう。いくら兄弟仲が良くても、それらの人々に担がれると、引くに引けなくなってしまうのでしょう。特にこの兄弟の場合は、本来は仲が良く、政権奪取までも、奪取後も一緒に行動し、兄弟で戦って勝利した時も相手の命までは奪わないでいただけに、別れと結末は悲しいものがあります。

 それにしても、尊氏という人物がよくわかりません。天真爛漫で鷹揚な性格で部下への愛情に溢れてはいるようですが、優柔不断で皆に担がれるだけ好人物のようにも見えるし、実は優れた戦略家のようでもあり、陰湿な策謀家のようにも見えます。作者は尊氏の内面は描写せず、直義や師直や妻の視点で尊氏を描いているので、とても多面性のある人物になっています。信長、秀吉、家康などの英傑たちと違い、キャラクターが見えにくい。そこが歴史上の人物の中では人今一つ人気が出ない理由なのかも知れません。

(M.T@総務部)

私の読書日記37

2017年5月29日 月曜日

君の膵臓をたべたい

住野 よる

201705292 2016年度本屋大賞第2位受賞の本。本屋大賞は毎年チェックしている私も、「さすがに猟奇小説?には興味ないし」と敬遠していましたが、今回映画化されるらしく、映画のPVを観ると高校生の恋愛モノであることを知りました。

映画オフィシャルサイト → http://kimisui.jp/

 読んでみると、タイトルからは想像できない、儚くも美しい、そしてテンポのいい恋愛小説でした。映画化に合わせ文庫化もされ、読者が一気に広がることでしょう。

<あらすじ>
 
山内咲良(さくら)は高校2年生。重い膵臓の病気に侵され、余命が告げられているが、日常生活は普通にできており、病気のことは家族以外誰も知らない。一方、主人公の「僕」は咲良と同級生ながら、地味で目立たない生徒。人との関わりを極力避け、人生で一人の友達もつくったことがない。読書だけが自分を幸せにしてくれる時間で、文庫本を常に読んでいる根暗な生徒。そんな「僕」が、ひょんなことから咲良の秘密を知ってしまう。「僕」は咲良にとって【地味なクラスメイトくん】から【秘密を知ってるクラスメイトくん】になる。

 咲良は積極的な行動派で、「僕」は他人の意見に流される「草船」のような存在。結果、「僕」は行動的な咲良に半ば強引に誘われるまま、様々な場所へ遊びにでかける。咲良には「生きているうちにやりたいことリスト」があり、それら全てに付き合わされる。最初は、流されるように嫌々つきあってきた「僕」だが、咲良の存在が自分の中で徐々に大きくなり、咲良の明るさで自分が変わっていきていることに気づく。

 咲良にとっても、「僕」は自分の秘密を知っていてもそれでも変わらず普段通りに付き合ってくれる、心許せる相手として貴重な存在になっていく。
 二人がお互いの存在を強く意識し始めた時、悲劇が起こる。

201705293<感想>
 
いい歳をしたおっさんが読む本ではないかも知れませんが、なかなかいい本です。ツッコミ所がないわけではありませんが、それを上回る感動があります。
 二人の会話はテンポ良く、とてもウィットが効いています。良い言葉もありました。
 咲良「二人が出会ったのは偶然でも運命でもない。私たちがこれまでの人生でたくさんの選択をしてきた結果なんだ。私たちは自分の意志で出会ったんだ
 もう一か所。
 僕「君にとって生きるってどういうこと?」

 咲良「生きるって、きっと誰かと心を通わせることかな

 著者はこの辺りが言いたかったんじゃないかな、と最後に思いました。とてもヘビーなテーマを扱っているのに、とてもライトなタッチで描かれていて、どんどん引き込まれます。最後の30~40ページくらいは、なかなか泣かせます。

(M.T@総務部)

私の読書日記36

2017年4月19日 水曜日

ギリシャ人の物語Ⅱ(民主政の成熟と崩壊)

 塩野七生

 塩野七生の最新刊、私にとって待望の「ギリシャ人の物語第Ⅱ巻」です。

20170419塩野氏のこの本は全3巻で成り立っています。

  第Ⅰ巻  民主制の始まりからぺルシャ戦役まで

  第Ⅱ巻  アテネの隆盛からペロポネソス戦争を経てその没落まで

  第Ⅲ巻  マケドニア王アレクサンダーにギリシャ全体が征服されるまで

 第Ⅰ巻では東方の大国ペルシャの侵攻をギリシャ諸都市が団結して撥ね返したペルシャ戦役が描かれましたが、この後、アテネには優れた指導者が続き繁栄を謳歌します。

(あらすじ)

 アテネは直接民主政の国で、全人口約6万人を10の地区に分け、各地区から毎年一人の代表を選ぶ(再選は可)。この選挙で選ばれた10人の代表をストラテゴスと呼び、1年間国政を執行する。しかし、決定権はあくまで国民にあり、重要政策は必ず市民集会にかけられ、決定事項はストラテゴスも守る義務がある。

 このストラテゴスに毎年選ばれ、この時代(紀元前461年~430年)国政を実質的に一人で担ったのが、ペリクレス。彼はペルシャと講和するだけでなく、ギリシャ世界のライバル、スパルタとも和解した。一方で海軍力を強化しエーゲ海の制海権を握ると、エーゲ海東西両岸の都市国家やエーゲ海内の島々と同盟を結んだ。これをデロス同盟と呼ぶ。これはペルシャに対抗する軍事同盟という目的だけなく、エーゲ海を通じた自由な貿易の確保という狙いもあった。海洋国家であったアテネは貿易を通じて繁栄し、ギリシャ世界に君臨した。

 アテネが平和で隆盛するとギリシャ各地から様々な人材も集まり、文化面でも大きな繁栄が続いた。今に残るギリシャの文化遺産はほとんどこの時代のものである。歴史作家ツキディデス、悲劇作家ソフォクレスら、喜劇作家アリストファネス、医学の父と言われるヒポクラテス、哲学者ソクラテスがこの時代の人である。そしてペリクレスその人も巧みな弁舌家であり、彼の演説は今でも民主主義の意義を示したものとして名高い。そしてペリクレスが残したものとして、今の時代の我々にとって大きな功績はパルテノン神殿であろう。彼はその任期中一貫して神殿の再建を市民に訴え膨大な国費も支出し実現した

しかし彼の死後、アテネの民主政は迷走し始める。様々な政治家が現れては消え、市民集会の決定は煽動家たちによって右に左に揺れ、ペリクレスが避け続けていたスパルタとの戦い(ペロポネソス戦争)に深入りし、ついには全市民の半分以上を投入して地中海のシチリア島へ派遣した海軍が、スパルタとシラクサ(シチリア島の都市国家)の連合軍の前に全滅。その後の戦いでスパルタに無条件降伏、デロス同盟も崩壊した。ペリクレス死後25年後のことであった。

(感想)

 アテネの繁栄に対し、その没落はあまりにも急であっけなく悲しい。民主政の担い手は同じアテネ市民なのに、昨日と今日でなぜこんなにも違ってしまうのか。結局政治は、民主政であれ、王政であれ体制はどんな形をとろうとも、それを指導する人物次第なのか、思ってしまいます。

 アテネの降伏を受け、スパルタ側で戦った都市国家、テーベとコリントはアテネ市民全員の処刑とアテネ市内の更地化を要求したといわれます。しかし、これをスパルタ王が撥ねつけます。「お前たちはペルシャ戦役でアテネがギリシャのために払った犠牲を忘れたのか」と。スパルタもまたペルシャとの戦いでは多大な犠牲を払っています。アテネに対しては同志にも似た気持ちが少しは残っていたのでしょう。もし、この時、スパルタ王がテーベ、コリントの要求を呑んでいたら、パルテノン神殿は今に残ってはいなかったわけです。そこに少しだけ救われた気持ちです。

(M.T@総務部)